ONLINE2022年2月号次のページへ編集部/どうやって、困難を乗り越えられましたか? 実現できたのはなぜでしょうか?福原/何度も訪問を繰り返し、諦めずに粘り強く交渉したところ、2014年8月、日本だけに、特別な単位取得プログラム(SSPJ)を試験的にやってみる所まで漕ぎつけました。小さいけれどこれは大きな第一歩でした。その後、正式なMPHプログラムを開始するまでの道は一筋縄でいかない困難な道でした。入学要件である高い英語能力を緩和してもらうことも困難な課題の一つでした。Deanに日本に来て、日本人の医療者にあっていただきました。英語能力が必ずしも高くなくても、JHSPHの授業に問題なくついて来れる優秀な人が少なくないことを肌で感じてもらいました。その後も交渉を重ね、2016年6月、遂にMPH日本プログラムを開講が実現し、第一期生10名を入学させることができました。10名のうちJHSPHの英語要件を満たしていたのは1名だけでした。夢のような事でした。振り返ると、最初の強い思いと出会いが、道をひらいてくれたのだと思います。編集部/プログラムを開始したときに本当に学生が来るかどうか不安ではありませんでしたか?福原/もちろん不安でしたが、必ずニーズがあるという変な自信もありました。蓋を開けてみると、多彩な年齢層、職種の方々が、大学院生として参加されました。最も多い臨床医の他に、大学教授、会社の社長、厚生省の官僚、国際機関の看護師、医療系企業の職員、などもおられました。同期の方々は、年齢や職種を超えて和気あいあいと助け合い、ネットワークが作られていきました。Kyoto Spring Institute(KSI)の取り組みや卒業生の一問一答などを紹介します。Ⓒ 2021-2022 iHope International All Rights Reserved.ご期待ください。福原編集長インタビュー<後編>はPrimaria ONLINE4月号に掲載します。* 思いと出会い *
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